発達当事者就活日記

発達当事者就活日記【その7】就活の末に鬱に戻る

発達当事者就活日記【その7】就活の末に鬱に戻る
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就活の末に鬱に戻ってしまった

暁

ちょこちょこフェイクを混ぜています

仙台での仕事が見つからないまま半年以上を迎え

仙台での仕事が見つからないまま1年近い期間が経過した。
前回記事の後も何社か面接に行ったり書類を送ったりしたものの、当然ながら結果は鳴かず飛ばずで終わってしまった。

精神的な居場所がないと人間というのはどこからしらおかしくなるもので、8月中旬ごろから体調と精神状況が急速におかしくなり、週5フルタイムで働くことどころか「生きることさえままならない」という状況に陥ったのである。

何をやっていても心の底から楽しいとも思えず、食事をしても「味はあることはわかるが、味を感じない」といった状況で「働いていない(社会の役に立っていない)自分が生きていていいのだろうか?」と鬱症状に陥った状況下での求職活動は散々だった。

ただ言えることとしては「働かなければいけない」「親からの自立しなければいけない」という重圧感の中での発達障害当事者の長期間にわたる求職活動は、人の精神を大いに狂わせる要素に満ち溢れていることだけは確かである。

就活に対してドクターストップがかかる

9月中頃、就活が原因の鬱の症状がひどくなったと同時に、かかりつけの精神科に鬱症状について相談したところ「仙台での就活はやめたほうがいいですね」とドクターストップがかかった。

最初こそ就活に対するドクターストップがかかったことに対して「今までの苦労は何だったのか」と思ったのであるが、現状働く「以前」の問題に陥った以上はどうしようもないのである。

思えば仙台で暮らした2年近くの間、常に頭の中では「働くこと」ばかりを考えていた。
とはいえ、現実問題として1年近くにわたった過酷な就活の末に「働く場所など仙台にはなかった」ことが分かった以上、ふと「就活に対して医師からのドクターストップがかかった以上、ひとまずチバラギの実家に帰るべきでは?」という思いがよぎるようになったのである。

チバラギに戻ったらどうするか

少なくとも、働けない(働く場がない)以上は仙台にいる意味など最早なくなった……ということもあり、10月中旬をもって今住んでいる仙台のアパートを引き払ってチバラギの実家に戻ろうと考えているところである。

ひとまず、チバラギに戻ったら三か月くらいはメンタル面の療養をがっつりとしたいところである。
就活のことについてはひとまず考えずにメンタル面の調整を行ったうえで、機会を見て改めて就活に臨めたらいいのであるが果たして今後どうなるかである。

この記事を書いた人

泡沫カメラ同人サークル「ジャンク難あり500円の会」主筆。

1990年生まれのアラサーちゃん、という第二次氷河期世代のあおりをモロに受けた世代でそれを引きずりながら生きている。

2020年11月より仙台市に在住。

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