雑記

チバラギに帰省していたのだが、如何せん何もできなかった件について

帰省しているのだが、如何せん何もできていない件について
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こんな時勢に帰省をしていた

帰省こそしても、精神的には「一人」

こんな時勢なのにもかかわらず、様々な事情を受けてチバラギに数日間帰省をしていた。
カレンダーの都合上、年末年始やお盆ほどゆっくり休めず、用事さえ済ませればさっと帰るといったスピード感しかない帰省だった関係で実家以外はあまり動くことができなかった。

行きに乗った東北新幹線は旅の臨場感とは全く無縁、車窓を見ても「所詮はただの移動の手段でしかないのだろうか?」と感じた新幹線は初めてであった。

暁

車販が営業していなかったのもあるのだろうが、ここまで侘しいとは

ついでに言えば、帰省を思い立ったきっかけが「親の顔が見たい(実家の様子を見たかった)」というものではなかった以上、実家にいても「実家にこそいるが、精神的には一人でいるのと変わりないのだろうか?」と少しだけ自分の存在が浮いている感じすら受けるようになった。

悪いことに、帰省期間中に天気が非常に悪かった日があった。
万が一の際に用意していたロキソニン錠を飲んではいたものの、半日くらいは横になっていたのもあって「前日に用事を済ませておいてよかった」と思った反面「チバラギでほとんど行動できなかったなぁ」と悲しくなってしまった。

重いカート引きながらの長距離移動は辛いものがある

それこそ帰省する前には「チバラギと(新幹線が出る)上野との中継点」である秋葉原で何か仙台では買えないモノでも土産として買おうかという事で意気込んでこそいたのであるが、いざ大量の衣料品や実家から渡された食料品その他が入ったカートを引いて行動するのは「かなり辛い」ものがあったために、秋葉原で買い物をほとんどすることなく、悔いを残した形で仙台にすごすご戻るしかなかったのである。

……とはいえ、帰り際に大年寺から見えるスカイキャンドルを見た際、妙な安心感を覚えたのは気のせいだろうか?

やっていくしかないのだろうか

少なくとも、仙台で職探しを3か月ほどしているのだが……なかなか職が見つからない。
現実的な線で探していても、いくら東北6県におけるエリア都市とはいえどもCovidショックという事もあってか中途採用を絞っている辺りに「果たして、本当に自分の働き口があるのか」と仙台に住むことを決めた数か月前の選択を悩んでしまうのである。

……とはいえ、完全にフリーランスでやっていく、というのも独立できるだけのカネもコネもない以上は違う部分もあるので、仙台エリアでの働き口が決まるまではひたすらに就職活動をやっていくしかないのである。嗚呼、合掌。

この記事を書いた人
akatukidesuga

泡沫カメラ同人サークル「ジャンク難あり500円の会」主筆。

1990年生まれのアラサーちゃん、という第二次氷河期世代のあおりをモロに受けた世代でそれを引きずりながら生きている。

2020年11月より仙台市に在住。

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